経済産業大臣指定伝統的工芸品(和装関連)


きもの風土記 二風谷アットウシ(北海道/沙流郡平取町)

紗流川流域に古くから伝わり、江戸時代には紗流川流域の物産として他地域との取り引きが行われていた。現在も100年以上前に使用されていた道具とほぼ同様の道具で作られており、主にアイヌの衣服として発展してきた。道内でも入手が困難となりつつある「オヒョウ」(広葉樹)の樹皮を原材料としており、平成25年3月に道内で始めて伝統的工芸品の指定を受けた。道と北海道森林管理局では、オヒョウ樹皮の製造者である二風谷民芸組合や平取町と連携して安定確保を図り、伝統的工芸品の振興を助成している。

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置賜紬
(山形県/米沢市・長井市・白鷹町)

米琉とも呼ばれ、養蚕の発達とともに起こり、17世紀には上杉藩主の奨励も会って、先進産地の結城、足利、越後、京都から技術を導入して産地形態を整える。
生糸、玉糸および真綿の紡ぎ糸を使用し、商品別には板締め染色による米琉板締小絣、白鷹板締小絣のほか、括りや摺り込み、型紙捺染による併用絣、緯総絣、紅花など植物染料による草木染紬などがある。

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羽越科布
(山形県/鶴岡市  新潟県/山北町)

縄文や弥生時代から野良着や畳のフチとして製織されていた古代布も、時代の流れには逆らえず存亡の危機にさらされていったが、その価値を文化財に見いだし、限られた地域ではあるが今も生産され続けている。素材は山間部に生育するシナノキなどの樹皮から糸を作り布状に織り上げたもの。
原料が樹皮の繊維であることから風合いは粗々しいものの、ざっくりとした手触りと落ち着きのある風情に特徴がある。帯地ばかりでなくバッグ、帽子等多くの日用品にも加工されている。参考

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結城紬(茨城県/結城市・下津市  栃木県/小山市周辺)

古くは常陸紬と呼び、16世紀初めに結城紬として名声を高めた。大正末期に緯絣、さらに細工物の経緯絣が考案され、糸質強靭、染色堅牢、製法精緻による雅趣に富んだ紬の原型がいまにおよんでいる。
原料の糸は玉繭や屑繭で作られた真綿を手で紡ぎ、その糸を手括りによる独特の染色法で絣付けて居座機で織り上げていく。
参考

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伊勢崎絣
(群馬県/伊勢崎市周辺 埼玉県/本庄市 )

遠く2千年前より製織の歴史を持ち、17世紀後半に近在の農民が織り出した織物で、江戸や京阪地方に供給されていた。銘仙として名声を高めていた絹織物は、一時期の品質低下を克服し、技術、品質の向上を図り、珍絣、併用絣、緯総絣で新境地を開き、伊勢崎絣の名で隆盛、その絣糸1本ずつの模様合わせ手作業による濃淡の深みのある柄は評価がある。

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桐生織(群馬県/桐生市・太田市 栃木県/足利市)

発祥は7世紀頃天皇家に仕えていた官女が帰郷し、養蚕と機会を村人に伝えたことに始まると伝えられている。が、産地の形態をとりはじめたのは18世紀中頃、西陣より技術を導入し、紋織物を織りはじめてからだ。
八兆撚糸を開発し、お召しの産地として知られる他、錦織、風通織、浮経織など多種の織物が生産されている。

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秩父銘仙
(埼玉県/秩父市 秩父郡小鹿野町・皆野町・長瀞町)

秩父銘仙は、江戸時代からの織物の技術を背景として生まれた絹織物で、明治41年(1908)、ほぐし捺染の技法が特許取得され、飛躍的に生産量が増加するなど、関東五大産地の1つとして、秩父地域の経済を牽引した。
特徴的な技法は、経糸を仮織りして模様を手捺染し、手捺染した経糸を解しながら本織りする解し織りにある。
他産地との相違点は、緯糸に補色を用いることで玉虫光沢が得られるのが特色。デザインとしては、植物柄が多く、紫、赤、茶等の落ち着きのある柄が多いのも特徴。

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村山大島紬(東京都/武蔵村山市周辺 埼玉県/飯能市)

19世紀の初めに、飛白かすり模様の織物が試作されたことに始まり、狭山丘陵南麓一帯の養蚕業と相まって盛況をきわめる。
板締めといわれる独特な染加工技術をもって、経緯の絣糸を巧みに染め分け、これを1本1本正確に柄合わせして精緻な絣を織り上げる。亀甲などの対称柄にとどまらない村山独自の柄の多様性が特徴。

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本場黄八丈
(東京都/八丈島)

黄八丈の名は昔から知られているが、いつごろから織り始められたかは明らかではない。室町時代から貢納物としての歴史があり、徳川時代には将軍家の後用品となり、大奥を風靡したと言われる。徳川の中期以降、染織の技術が進み、黄、樺、黒の3色を組み合わせた堅縞、格子縞が織られるようになった。
染色の原料は、黄が、畦畔などに自生するこぶな草、樺が、山野に自生するたぶの木皮、黒が、しいの木の皮だ。直射日光で乾燥し手機で織られるため丈夫で変色しない。
参考

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多摩織
(東京都/八王子市・あきる野市

起源は定かではないが、平安時代末には絹が織られていたことが知られている。江戸末期頃までに紬、お召し、風通、変り綴、綟り織もじりおりの5技法が確立された。
特徴は、紬は手機で織られ、お召しは大シボの凹凸の地風、絣は小柄の経絣である点で、着尺、羽尺、コート地などが生産されている。

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小千谷縮布
(新潟県/小千谷市周辺)

縮布ちぢみの起源は1千年以前の越後上布がそれで、17世紀の中頃に現在の原型である模様を織り出す技法が考案された。麻糸使いの夏物着尺地として著名だ。
絣模様は薄板を数10枚〜数百枚重ね、枠で締め、その面を平に削って絣柄を描き、1枚の板が1本の糸の柄を決め、さらに1本1本柄合わせして織り上げ、湯もみして独特のシボを出すという手の込んだ技法が特徴。参考

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小千谷紬
新潟県/小千谷市周辺

小千谷縮布の技法を生かして18世紀に起源を持ち、原料を玉糸や真綿の手紡ぎ糸に置き換えて表現した絹織物。縮布の生産期間は10月ごろから翌年の3月ごろまでの6カ月間であるのに対し、紬は1年を通じて生産される。糸を1本打ち込むごとに柄合わせをする忍耐の手作業。絹独特の光沢と手触りの良さに加え、着べりしない実用性を加えた気軽な外出儀の絣織物。

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塩沢紬
新潟県/塩沢町・六日町

18世紀の後半に麻上布の絣や縞の模様付け技術を絹織物に応用することが開発された。
経糸には生糸または玉糸を使用し、緯糸は真綿を手で引いた糸を使用し、手括り、手摺り込み、板締めによる絣の染色技法を用いて、1本ずつ模様に合わせて織り上げていく。この場合、緯糸の打ち込みは手投げ杼が用いられる。これが蚊絣と呼ばれる独特の細かな模様であり、その優雅さが有名だ。
参考

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本塩沢
新潟県/塩沢町・六日町

塩沢紬と並ぶ伝統織物の1つである本塩沢は、17世紀中期に起源を持ち、緯糸に強い撚りをかけて出すシボが特徴の経緯絣の絹織物。
歴史的にも「絹縮」として風格があり、絣糸の染色法も手括り、手摺り込み、板締め、型紙捺染による技法をはじめ、手作業による柄合わせの模様、湯もみによるシボ出しなどは、古来から少しも変らず、夏物の高級着尺として広く愛用されてきた。