東京染小紋(東京都/千代田区・新宿区・世田谷区他)

17世紀初期に武士の裃の柄として流行したものが、やがて町人にも広まり小紋として発達した。鮫小紋をはじめとする単色のもののほか、最近では多色化、模様の多様化が特徴で、手漉きのコウゾ紙を張り合わせた型紙に各種の図柄を手彫りして、それを手作業により型付け染色していく。京友禅の華麗さに比べ、品のある渋さが広く好まれている。
きもの風土記

東京手描友禅(東京都/新宿区・練馬区他)

江戸時代中頃に浅草見附、日本橋、神田に模様絵師が在住していたと伝えられる。江戸後期には挿し友禅、蝋描き、無線描きの3技法が確立された。構想、下絵から仕上げにいたるま工程は、作者の一貫作業であり、単彩で粋な衣装に特色を持つ。

きもの風土記

有松・鳴海絞
(愛知県/名古屋市・岡崎市・半田市他

絞染の起源は遠く、奈良時代にさかのぼるが、17世紀初期に尾張で考案された九九利(括り)が始まりで、その後、尾張藩の庇護のもと、種々の技法が開発された。
生地は、綿織物または絹織物用いられ、市墓地模様は主に草花調が多く、藍染を主体としていたが、現在では多色使いのものが多く、減反を下絵に合わせて、糸で括って独特のシボを表現していく。
参考
きもの風土記

名古屋黒紋付染
(愛知県/名古屋市・西尾市・西春日井市)

もともと慶長年間(1596−1614年)に尾張藩内の旗や幟などの染色技術として確立されていた。その後、その技術が黒紋付の染技法へと分化していったものと推察される。特徴は紋当網付け、三ツ引黒染、とろ引黒染の技術、技法に代表される。

きもの風土記

名古屋友禅
(愛知県/名古屋市、春日井市周辺)

消費文化華やかな七代尾張藩主宗春(1730ー1739年)の時代に京都などから伝えられたといわれている。名古屋友禅は当地方の土地柄を反映し、京ゆうぜんなどと比べ渋い単彩濃淡調の色使いを特徴としている。

きもの風土記

加賀友禅(石川県/金沢市)

すでに完成されていた加賀染をもとに17世紀前半に技法が確立し、武士や豪商など上流階級の晴れ着として用いられていた。多彩色で絵画調の構図が主体で、特に加賀5彩を基調とする藍、薊芳、黄土、緑、墨により濃淡がつけられ、模様が外部より内側へぼかされるのが特徴。下絵を描き、彩色が施される手描き友禅と、彫刻された型紙で染色する板場友禅、これに加賀刺繍を加えたものがある。参考

きもの風土記

京友禅
(京都府/京都市・宇治市他)

8世紀から伝わる染色技法をもとにして、17世紀後半の宮崎友禅斎が完成させたところから、この名がついた。
現在行なわれている技法は、手描き友禅のほか、明治初期に開発された型友禅とがある。高度な技法と華麗多彩な柄模様が限られた層の嗜好品と去れていたが、型友禅の出現で友禅は大衆化し、和装染色に大きく貢献してきた。

きもの風土記


京小紋
(京都府/京都市・宇治市他)

17世紀初頭に起源を持つ江戸小紋の影響を受け発達したもので、明治初期の化学染料の輸入や好みの変化によって、単色から彩色へと配色が複雑になり、それとともに友禅と互いに刺激しあいながら技法を向上させていった。したがって色柄も友禅のきらびやかな味わいに比べ、比較的品格と落ち着きのある渋さを京風にアレンジしている。
きもの風土記

京鹿の子絞
(京都府/京都市・亀岡市他)

10世紀初期の宮廷内での絞り染に起源があり、17世紀には「かのこ」の名称で広く愛用された。絹織物に多種の括り技法と染め分け技法を駆使して複雑多彩な絞模様を作り出す。
青花などで下絵付けした後、原反を糸で括りシボを現わし、それを多色に染め分ける。絞りの技法により疋田絞、1目絞、傘巻絞、帽子絞、縫締絞、唄絞などの種類がある。

きもの風土記

京黒紋付染
(京都府/京都市・宇治市・亀岡市他)

17世紀に起源を持ち、絹織物を紅、または藍色で下染めした後黒浸染するか、三度黒と称される黒引染などの地染めをする。その後家紋を描き入れる。
浸染で染める黒紋付染には羽織ときものがあり、男物は主に羽二重が用いられ、女物は変りちりめんと絽が喪服として用いられている。

きもの風土記

琉球びんがた
(沖縄県/那覇市・宜野湾市・浦添市他)

15世紀に始まる沖縄県唯一の染物であり、王朝貴族のみが着用できた。技法は形付け(型染)と棚引(筒描)とに分かれ、色調も藍型と紅型とに分かれる。
特に紅型は、南国独特の色使いに特徴がある。綿布、絹布、芭蕉布などに顔料や琉球藍などの植物染料を用いて手染めをする。
参考

きもの風土記


伊賀組紐
(三重県/上野市・名張市)

奈良朝以前に起源を持ち、江戸時代には産業としてすでに栄えていた。
生糸・絹糸を主とし、金糸・銀糸・金箔などを組糸として使用し、帯締め、羽織紐などを生産している。組台の角台、丸台、高台、内記台などは、奈良・平安時代から使われ、その多種多様な組紐は古来からの技法そのままの手作りで、繊細な美しさが表現されているので趣味的要素の高いものとして愛用されている。
参考

きもの風土記

加賀繍
(石川県/金沢市・能美郡辰口町・石川郡美川町)

加賀繍(かがぬい)は、室町時代初期に加賀地方への仏教の布教とともに仏前の打敷、僧侶の袈裟等、仏の飾りとして京都から伝えられた。江戸時代には将軍や藩主の陣羽織、持物の装飾等にも用いられるようになる一方で、奥方たちのきものにも使用された。そんな中、文化学問を奨励した加賀藩の歴代藩主の手厚い保護により、独自の発展と完成を遂げる。
特色は、金糸や銀糸など多種多様の絹の色糸を、一針一針手で繍い上げて描く模様や絵の美しさにある。

きもの風土記

京繍
(京都府/京都市・宇治市)

西陣織と同様織部司の平安京遷都を機会に、貴族の繍衣、繍仏、武具などを中心に発展した。
絹織物や麻織物に絹糸、金銀糸などを用いて刺繍したもので、華麗な中に京都独特の優雅さが漂い、特殊な手打針を使用する繍は、繍切り、まつり、駒使い繍など、17種の技法を駆使して平安朝の香りを伝える品格の高い手仕事の結晶だ。

きもの風土記

京組紐
(京都府/京都市・宇治市)

平安時代が起源といわれ、江戸時代に産地形成している。帯締め、羽織紐を主体として、その他根付紐、文箱、額の紐など77種類にものぼり、その用途の広さを物語っている。
絹糸、金銀糸を使用するが、特に平安時代から伝わる丸台、角台、籠打台、内記台などの組台を使う手仕事は、古い京都の文化をそのままに伝え、出来上がった製品は優雅で美しく、愛好者の心を魅了する高級品だ。

きもの風土記

伊勢型紙
(三重県/鈴鹿市)

模様染めに使う型紙のことでその歴史は古く、その始まりについては、色々な説がある。室町時代の絵師が「職人尽絵(しょくにんずくしえ)」に形紙を使う染職人を描いているところから、室町時代末期には型紙があったと考えられる。が、江戸時代に入り、紀州藩の保護のもと白子、寺家の両村を中心に発展を遂げていった。参考

きもの風土記

金沢箔
(石川県/金沢市。小松市他)

金沢の金銀箔の歴史は、戦国時代後半、現在の石川県南部を中心とした地域を支配していた加賀藩の藩主前田利家が、朝鮮の役の陣中から国元へ箔の製造を命じる書を送っていたというところまで遡ることができる。江戸幕府は箔座を設け全国の箔の生産と販売を統制していたが、明治維新後、幕府の統制がなくなったのを機会に金沢箔は技術的にも量的にも大きな発展を遂げた。高品質の箔の生産により、国内においては独占的な箔の産地としての地位を保っている。

きもの風土記