きもの風土記

型地紙
その製造法に簡単にふれておこう。
まずは
「法造り(ほづくり)といって200〜300枚の美濃和紙を重ね規格寸法に裁断、その3枚をセットし、縦、横、縦とベニヤ板のように柿渋で張り合わせる。これを「紙付け」という。
紙付けされたものを檜の板にはり、天日で干し、乾燥させる。それを燻煙室に入れ約1週間いぶし続ける。この工程を
「室干し」といい、もう一度柿渋にひたし、同じ工程をくりかえす。
こうしてできあがった強靭で伸縮しない地紙をさらに選別し、3〜6ヵ月寝かせた後、やっと彫り師の手に渡される。
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道   具
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自由に模様を彫れる突彫り
彫刻技法の種類
技法には以下の4つがあるが、いずれも気の遠くなるような作業だ。
「道具彫」は、刃先が花や扇、菱などの形に造られた道 具(彫刻刀のようなもの)を使って模様を彫りぬくのだが、彫り師自らが道具を作るた、め彫り技術意外に道具のできばえも大きく作品を左右する。
「錐彫(キリボリ)」は、最細0.4_の刃先を1回転させて穴を開け、これらの集合によって模様を構成していく。
「突彫」
これも自ら道具を作るが、刃先が1〜2_の小 刃で垂直に突くようにして彫りすすむ。補強のため紗張(しゃばり)するものもある。
「縞彫」は、定規と道具で均等の縞柄を彫るという一見単純な作業だが1本の縞を彫るのに同じ場所を3度続けて小刃でなぞるためきわめて正確な技術が必要となる。突彫と同じく染める時の不安定さをなくすため糸入れを必要とする。

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会津型の原画
会津型
伊勢白子から東北地方に伝わっていったもう1つの型紙「会津型」。
伊勢型紙同様の染め型紙だが、福島県喜多方市にあった小野寺家を中心として、幕末から昭和初期にかけて東北全般を販路に発展していった。しかし昭和に入り、洋装が生活の中心になるなど和装の衰退が目立ち始め、昭和10年(1935)、小野寺家は廃業を余儀なくされていったが、平成元年(1989)から約10年かけて、型紙や原画、道具類などを喜多方市に寄贈された。貴重な型紙は3万6000点にも上るが、現在福島県の民俗文化財に指定され、厳重に保管されている。
会津型のほとんどが突き彫りで、そのことが自ずからの特徴になってきた。が、現在は突き彫りをする職人がおらず、引き彫りが多いという。そんな中、徐々にではあるが蘇りつつあると聞いている。