沖縄の絣
琉球での絣 
かつて王国を形成していた沖縄の絣。文献の上では1467年頃、シャム国(現在のタイ)からの贈り物の中に絣があったとされている。が、沖縄の絣が独自の領域を形成していったと思われる旧藩時代のこととなると、正確な資料は残っていない。何故ならば、死者の衣服は棺と共に墓に納めるといった風習や、衣服の消耗性が因のようだ。
沖縄では木綿をはじめ、芭蕉布や上布、紬などの絹織物、その他花織などのどれをとっても美しい絣柄が織り込まれているが、当時は王侯貴族から農民にいたるまで幅広く人々に愛用されていた。つまり、沖縄の絣は、沖縄の風土と人々の生活の中で育まれながら、その美を完成させてきた。もっとも琉球王朝の時代には柄による階級制があった。これは江戸小紋の留柄のようなもので、上級の者が一定の柄を独占し、庶民の使用を禁じていた。その中には「ウドン(御殿柄)」と「グスク(城柄)」とがあったが、前者は王侯貴族階級の柄であり、後者は士族階級の柄であった。これを総称して「首里柄」ともいい庶民が使用することはできなかった。
柄の大小で言えば、大柄は士族以上のもであり小柄は庶民のものとされていた。例えば「ムルトッチリー(諸取切)」と呼ばれる総絣は総て王家一門の婦人用であり、しかもTPOによって絣柄を着分けていたのだという。これは500年続いた尚王家の服制であり、このことも絣を発展させた一因であろう。
 

きもの風土記 きもの風土記
ムルトッチリー 色染めの芭蕉布
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宮古上布 読谷村の花織

技術と柄
格子や縞の部分的な変化と展開、あるいは括りや浸染が日本の絣の基本となっていることはいうまでもないが、琉球絣の特徴はなんといっても「手結い」と呼ばれる技法に妙がある。中でも布幅に複数の同様の単位を作って、緯糸1本ごとに左右にずらす「織り返し」がある。この技法は地色に絣柄が霞み、絣糸を一方にずらしたり揃えたりする手結いと併用され、経絣、経緯絣とも組み合わされ、小川のせせらぎにも似た奥行きを感じさせる。
前文にも幾つか琉球絣柄の名前がでてきたが、ここでもう少し紹介しておこう。
トイグヮー(鳥)、イヤヌカター(矢)、ハナアーシー(花形)、ビッグ(亀甲)、インヌフイサー(犬の足跡)、マンヌティー(山蜘蛛の手)、ジンダマ(銭玉)、バンジョウ(番匠金)、シチガーラー(敷瓦)、グバンヌーミー(碁盤の目)、マユビチー(眉引き)、ンケーグム(迎え雲)、ブリブザー(群星)、カサネグム(重ね雲)というぐあいだが、あげていったら切りがない。沖縄の人々は、生活において目に触れるものは全てといって良いほど図案化していったようだ。

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トイグヮー ビーマー(中央部)
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マユビチー ジンダマ ビッグ
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ハナアーシ バンジョウ インヌフイサー

絣は古代インドで発生し、一時期世界各地に広まったとされているが、ヨーロッパなど諸外国で発達せず、日本で開花したのは何故であろうか。人文、地文に加えて感覚的にも適していたのだろうと思われるが、日本の絣の歴史が沖縄にあることを思うとき、沖縄の人々は独創性に富み、美的感覚に優れているのだと思わざるを得ない。