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着物の専門家育成へ新学科 京都の専門学校
京都市・着物文化を総合的に学ぶ京都で初めての学科を、京都文化医療専門学校(中京区=藤林真理校長)が来年4月、開設する。和装関連団体をはじめ、着付けや茶道、華道、観光の専門家が協力。京都の歴史や伝統に通じ、着物の専門家として国内外で和装振興に活躍できる人材の育成を目指す。
同校の京都学科・きもの文化専攻。服飾評論家の市田ひろみさんや京都伝統産業ふれあい館の前館長八田誠治さん、小紋研究家の高田啓史さんら、業界のプロが主任講師を務める。高度な着付けの実習をカリキュラムの中心に据え、家元の許状取得を目指す茶道と華道の演習、京都学や観光文化論、秘書実務や英語など多彩な教科を設ける。
京都織物卸商業組合や西陣織工業組合などの和装団体、学識者、行政などとも連携。全国の着物産地や文化観光の振興、文化観光ビジネス、和装教育などに貢献する卒業生の輩出に結びつける。定員は40人で2年制。社会人向けの短期講座も検討している。
藤林校長は「着物文化の中心である京都で、伝統を未来へつなげる人を育てたい」と話している。同校は学校法人未来学園(群馬県前橋市)が運営。2013年開校で現在は歯科衛生学科を設けている。

  広がる型紙の魅力 表山道で展
東京都・着物の生地を染めるのに使われ、19世紀のヨーロッパの工芸やデザインにも影響を与えたといわれる「型紙」に、光を当てる取り組みが続いている。伝統的な型紙をそのまま紹介するだけでなく、あえて破れた型紙を使って染めたり、Tシャツに取り入れたり、新たな魅力を探る試みだ。
表参道のGYREで開かれている展覧会では、伊勢型紙を使った実験的な江戸小紋が並ぶ。伊勢型紙は和紙を柿渋で張り合わせ、図柄や文様を彫ったもの。生地に伊勢型紙を載せて模様を染めた江戸小紋は、遠くから見れば無地だが、近づくと一寸(約3㌢)四方に数100の点が見える繊細なものだ。
江戸小紋職人の廣瀬雄一が、破れた型紙をあえて使ったり、でこぼこの板の上で染めてみたり、タブーとされることに挑戦。建築家の長坂常が江戸小紋に着想を得て作った家具もある。廣瀬は「型紙は人の手によるもので、均一のようで均一でない。そこがいとおしい」と言う。8月26日まで。入場無料。白子の伊勢型紙

  ゆかたがテーマの企画展 石見美術館
島根県・若者に人気の浴衣をテーマにした企画展「ゆかた 浴衣 YUKATA」が、益田市の県立石見美術館(県芸術文化センター・グラントワ内)で開かれている。着物を紹介する展覧会はあるが、浴衣の展覧会は珍しいという。
企画展では江戸から昭和までの浴衣や型紙、「型染め」「絞り」など染めの技法を紹介。現在人気のブランド浴衣や、江戸時代の浴衣姿の男女を描いた豊原国周の浮世絵など計約130点が展示されている。
美術館によると、浴衣の原型は平安時代に貴族たちが入浴時に着ていた麻のひとえの着物「湯帷子ゆかたびら」といわれている。当時の入浴はサウナのような蒸し風呂に全裸ではなく、衣服をまとって入った。「ゆかた」はこの「ゆかたびら」からきているとされている。
ファッションが専門の学芸員で学芸課長の南目美輝さんは「浴衣は軽妙でおおらか、かつ洗練され、実に魅力的。珍しい浴衣の展覧会を楽しんでほしい」と話している。
会期は前後期に分かれ、前期は8月6日まで、後期は同8日から9月3日まで。前後期で一部の作品の展示替えがある。
有料。8月11~19日は、浴衣姿で来場すれば観覧料が無料になる。問い合わせは石見美術館☎0856(31)1860。夏姿ゆかた心得

  母娘2代で「ミス織物」 一宮の寺田さん
愛知県・26日開幕する一宮市の夏の風物詩「第63回おりもの感謝祭 一宮七夕まつり」で、母娘2代続けての「ミス織物」が初めて実現する。今年のミス織物・寺田美桜さん(25=名古屋市)と、第25回(1980年)の準ミス織物・母美子さん(61)。美子さんは「親子そろって選んでいただいたのも何かの縁。全力で盛り上げて」と“先輩”として娘の活躍に期待を込める。
七夕まつりのミスは「七夕」と「織物」があり、現在は計6人が選ばれる。第25回当時、現在の愛西市に住み、病院の事務員だった美子さんは自ら応募。「全国放送のテレビ番組に出て、たくさん企業を回ってPRした。衣装が派手で恥ずかしかったが、良い思い出」と懐かしむ。
ミス七夕・織物は「ずっと目標にしてきた集大成。母が務めたミスなので一番身近に感じていた。自分の中では昔から『絶対に挑戦する』と決めていた」。応募用紙に書いた志望動機は3年以上前から練りに練ったという。5月に108人の中から選ばれた。
これまで他のミスとともに各地を巡り、七夕まつりの魅力をアピール。26日は銀座通りの盆踊り会場であるオープニングセレモニーであいさつするほか、チャリティーサイン会(27日)などにも登場し、最終日の29日までまつりを盛り上げる。
 
ファッションショーへ練習 中能登町祭出演者
石川県・28日に鹿島郡中能登町レクトピアパークで行われる町祭「織姫夏ものがたり」を前に23日、ファッションショーの出演者約30人が町商工会本所で、ウオーキングの練習を始めた。
参加者は、金沢市内の事務所に所属するモデルから「遠くを見るようにして、真っすぐ前を向いて歩く」などと指導を受け、鏡を見ながら歩き方を確認した。25、27日も練習に取り組み、ステージ上でのポーズの取り方を学ぶ。
ショーでは出演者が、県無形文化財の高級麻織物「能登上布」や町内の繊維業者が生産する「ネオ能登上布」で仕立てた着物、地元産の生地で製作したドレスを着用し、舞台を彩る。

  佐賀商工会議所女性会 今月は浴衣の着付け
佐賀県・佐賀商工会議所女性会(佐賀市白山)は、地域経済をけん引する目的で会員相互のネットワークを生かしながら、地域に密着したさまざまな事業活動を行っている。その一環に、少子化対策として、独身の男女の出会いの場を提供する「出会い応援するパーティー」を佐賀伊勢会と協力して開催している。同会議所と佐賀伊勢会の推薦を受けた、25~45歳の男性24人と、25~40歳の女性20人がロイヤルチェスター佐賀の懇親パーティーに参加し、4組のカップルが誕生した。
18回目になる7月の催しは、女性会の「着物を着よう」運動に合わせ、女性は浴衣姿で参加し、着付けは、会員とボランティアでなされていた。浴衣はリサイクルショップの会員から買い上げ、参加者にプレゼントされた。乾杯のノンアルコールドリンクも会員からの差し入れ。女性会の手慣れた司会で、独身者たちも和気あいあいとし、なごやかな雰囲気で進んだ。
女性会の会長の枝吉眞喜子さんは「昔の世話好きおばちゃんのイメージですよ。終わってからのお世話もしますよ」と頼もしい限りだった。連絡先は女性会☎0952(24)5158。

  和装を身近な存在に 秋保小に着物姿の司書
宮城県・「この本とても面白かった」「これどういうお話?」。仙台市秋保小(児童49人)の昼休み。図書室に集まる児童の声に、着物姿の司書八鍬睦子さん(47)=太白区=が耳を傾ける。
八鍬さんの祖母は呉服の仕立てを手掛けており、小さい頃から着物は身近な存在だった。子どもたちに日常的に和装の文化を感じてもらおうと、4月から季節に合わせた和服姿で勤務している。
なじみの薄い装いに、子どもたちは興味津々。「何で浴衣を着ているの?」「私も着てみたい」。八鍬さんは「和服に目を向けてくれること自体がうれしい」と目を細める。
子どもたちの好奇心を無限に広げる図書室。そこに和服姿の私がいれば「特別なときに着るもの」という考えを少しでも変えてもらえるのではないか。
「本を読んで世界を知り、人と出会って視野が広がる。多様な文化に目を向ける大人になってほしい」。学校の小さな図書室から、子どもたちが羽ばたく姿を思い描いている。

  芭蕉布の涼感の秘密に迫る 沖科技大の野村さん
沖縄県・伝統工芸品「芭蕉布」は独特の風合いとともに、着物にすると夏を涼しく過ごせることで知られる。なぜ涼しいかは謎だったが、沖縄科学技術大学院大学の野村陽子サイエンス・テクノロジーアソシエイトが解明に挑んでいる。「多くの人に関心をもってもらい保存に役立てたい」と話す。
話は続く。2015年に米カリフォルニア州から沖縄に移り住んだとき、夏の蒸し暑さに驚いた。昔の人は何を着ていたのかと疑問に思って調べたところ、芭蕉布に出会った。
芭蕉布はバナナの仲間のイトバショウからつくられ、15~19世紀の琉球王府時代には各家庭で織られていた。沖縄本島北部の大宜味村、喜如嘉地区は第2次大戦の被害が少なく、人間国宝に選ばれた平良敏子さんの尽力もあり、技がよく伝えられている。
大学の支援スタッフの協力を得て電子顕微鏡で材料を調べたところ、植物の体内で水などを運ぶ維管束が集まり、維管束の断面はきわめて複雑な多角形だった。この構造により人の汗の拡散や発散を促し、皮膚への接触を減らして快適な着心地を実現しているようだ。
繊維としての性質は推測されたが、糸や布の状態で吸湿性や吸水性にどの程度富むのか調べることが今後の課題だ。だが残念なことに、1980年代から技を受け継ぐ人材や生産量が減り続け、いまは布がほとんど手に入らない。
沖縄県や大宜味村などの協力を得て8月27日~9月22日、沖縄科技大学院大で「芭蕉布の科学」と題するイベントを開く。他の伝統工芸品の産地の知恵も借り、技能や担い手をどうしたら保存できるか皆で考えたい。喜如嘉の芭蕉布

  銘仙を手掛けて90年 秩父市黒谷の逸見織物
埼玉県・モダンな模様、安価で丈夫な生地。「大正ロマン」の代名詞とされる絹の平織物、銘仙は、女性の普段着の和服地に用いられ大流行した。養蚕業が盛んだった秩父は大正~昭和期、栃木・足利、群馬・桐生、伊勢崎、東京・八王子と並ぶ産地として知られた。
1927(昭和2)年創業。数年後に力織機の導入で生産量が伸び、最盛期には年間で着物1万人分にあたる1万反を手掛けた。「生産が間に合わず、卸売業者が工場で完成を待っていた」と2代目の逸見敏さん(85)は懐かしむ。
秩父で考案された技術「ほぐし捺染」を受け継ぐ。染めを施したたて糸によこ糸を織り込むことで、着物の表と裏が同じ柄になる。糸の色の重なりが、見る角度によって変化する玉虫効果も特徴だ。
そんな特徴を生かして、3代目の恭子さん(50)は今、秩父銘仙の生地を用いた小物の商品化に乗り出している。「ポップな色柄は暮らしに取り入れやすい。裏表の無い生地は、扇子やストール向きかも」。職人の高齢化や後継者不足に直面する業界に、新しい風を送り込む。
小物を販売する店舗は本町の秩父ふるさと館にある。銘仙の話
 銘仙が面白い
  着物で庄川・井波巡り 外国人向けツアー開始
富山県・県内では近年、台湾や香港、東南アジアから個人観光客が増えており、「写真映えする撮影スポットを訪れたい」というニーズがある。
南砺市観光協会と砺波市の庄川峡観光協同組合は、訪日外国人客に着物姿で日本遺産・井波の散策や庄川遊覧を楽しんでもらうツアーを始めた。歴史ある古い町、雄大な自然、美しい着物の3要素を組み合わせたフォトジェニックな日本体験を提供し、外国人個人客の受け入れを図る。
両観光協会が本格的な観光企画で連携するのは今回が初めて。距離的な近さを生かして協力し合い、観光客の滞在時間増加に繫げる。井波~庄川間は今年4月から土日祝日にシャトルバスが実証運行しており、ツアーの展開でバス利用客の獲得も狙う。
ツアーは、井波で着付けを手掛ける「月や」で着物をレンタル。浴衣や小紋など好みの着物姿に変身し、庄川遊覧船のショートクルーズや井波の散策に向かう。庄川峡では四季折々の絶景、井波では古い街並みや井波彫刻の数々と撮影を満喫する。日本食レストランでの食事を含めて4時間の日程となっている。

  「時代裂用綜絖製作」 選定保存技術に
国の文化審議会が20日、文部科学相に行った答申で、文化財保存に不可欠な選定保存技術として「時代ぎれ綜絖そうこう製作」が選ばれた。また、その技術の保持者として北区の亀井剛さん(73)が認定されることになった。
時代裂は、昔の能装束や表具に使われる古い染織品。復元したい時代裂の拡大写真や実物が届くと、2000~3000本にものぼる糸の通し方や縦横の組み合わせを顕微鏡や虫眼鏡を使って分析する。その通りの文様を織り出すために、手織機の要となる装置「綜絖」を設計、製作する。
「難しい相談や注文にも、材料や技術が限られていた昔に織れたものが織れないわけがないと、考え抜いてやってきた」とほほ笑む。
交差する縦糸と横糸が織りなす“制約ある中の様式美”が魅力だという。これまで、豊臣秀吉の羽織で作った能面袋や、中国・湖南省の馬王堆まおうたい出土の紀元前の古代織を復元する綜絖のほか、祇園祭後祭あとまつりの最後尾を巡行する大船鉾の懸装品復元にも携わった。
西陣で綜絖製作を営む家で育ち、大学卒業後に家業に就いた。失敗を繰り返しながら「15年かかってようやく、ちゃんと復元できるようになった」と話す。
明治期に100軒あった同業者は現在、10軒もない。「伝統を絶やしてはならない」と、自ら弟子を取るだけでなく市の技術者研修の講師も務め、後進の育成にあたる。

  北斎等の作品西陣織で再現 明石で作品展
兵庫県・西陣織で横山大観や葛飾北斎らの名作を再現した工芸織の作品展「西陣美術織 北斎・大観展」が、明石市立勤労福祉会館(相生町)で開かれている。髪の毛の半分ほどの細い糸で織られた名画約40点が展示されている。22日まで。
同展の実行委員会が西陣織の高度な技術を知ってもらおうと関西で巡回展示している。実行委の吉村昌人さん(47)によると、幅33㌢の帯は通常約900本の糸で織るが、展示されている工芸織は2700本を使い、微細な色合いなどを表現しているという。
大観の「夜桜」や黄金富士と呼ばれる「朝陽霊峰図」、北斎の「富嶽三十六景神奈川沖浪裏」、伊藤若冲の「軍鶏図」などが印刷と見紛うような織りで再現されており、来場者が顔を近づけて見入っていた。
どの部分にどの色の糸を使うかはコンピューターで分析しているといい、吉村さんは「現代技術との融合でここまで繊細な表現ができる。着物や織物の魅力を知ってもらえれば」と話している。

  和服若い男性に人気 数社が先導
和服といえば女性が着るものとのイメージが強いが、近年は若い男性にも裾野が広がっている。低価格で気軽に着られる和服が登場し、イベントなどに浴衣姿で訪れると入場料が割り引かれる機会も増えた。SNSで「映える」というニーズも人気を支えているようだ。
東京都上野区の男性着物の専門店「藤木屋」。6月以降、浴衣のシーズンを迎えて客が店内に入りきれず、列もできるようになった。「店員が対応できず、お客様を帰してしまったことが何度かあります。客層の中心は20~30代です」と話すのは木寺幹社長(37)。木寺社長は元々、大手アパレルメーカーに勤務していたが、和服好きが高じて2012年に開店した。
同店は3日間、京都の商業ビルに期間限定で出店し、浴衣を販売したことがある。木寺社長(37)は「着物の聖地、京都で挑戦したかった」と話す。同社はデニム素材の着物をはじめ、市松模様の足袋やコートに合わせられる筒袖の着物などを次々に発表。「洋服のように着られる着物を」(木寺社長)という狙いが当たり、売上高は2017年12月期が前期の1.6倍に成長。今年の1~6月も前年同期比120%と快走を続ける。
その他、呉服店の宮川徳三郎商店(京都市下京区)、インターネト専門店「男着物の加藤商店」を運営する京友禅の丸染工(同市下京区)、男性呉服専門店の和次元 しずくや(同市下京区)などがメンズ着物に火をつけている。

  丹後ちりめん産地で浴衣の着付け 江陽中
京都府・丹後ちりめんの産地である与謝郡与謝野町四辻の江陽中学校で18日、1年生86人が浴衣の着付けを学んだ。。奈良時代から続く着物の歴史を学び、実際に袖を通して帯を締めながら地域の伝統を感じてもらう取り組みだ。
地元で織物業に携わってきた「和装教育国民推進会議」(牛田育絵代表)のメンバー10人が手ほどきして、襟の合わせ方やしわの伸ばし方、浴衣を着た時の立ち振る舞いも教えた。野球部の日高憲伸さん(13)は坊主頭で日焼け顔。鏡に映った着物姿を眺めながら「江戸時代の少年になった気分です」と話していた。
丹後ちりめん
  松本零士の世界表現 西陣織
京都市・漫画家松本零士さんの代表作「銀河鉄道999」や「宇宙戦艦ヤマト」の場面を西陣織や木版画、高品質印刷で表現した「松本零士の世界展」が上京区の西陣織会館で開かれている。
松本さんが今年で80歳になったのを記念し、同区の西陣織企画・販売会社「京都企画会議」会長の蔦田文男さん(71)らが実行委員会をつくって企画した。蔦田さんは長年のファンで、銀河鉄道999に登場する女性メーテルを西陣織で表現した額を松本さんに見せたところ、精緻な仕上がりに驚いた松本さんが展覧会を快諾したという。
45点を展示。和傘を手にしたメーテルが京都の街を背景にたたずむ様子をデザインした作品は、西陣織と木版画、印刷で制作した。織物の作品は、約3㍍の長さに11万本の横糸が織り込まれるなど、それぞれに高度な技を駆使していて、来場者は拡大鏡を使って細部まで楽しんでいる。22日まで。無料。

  みどり繭から衣料・化粧品生産 きものブレイン
新潟県・十日町市のきもの総合加工のきものブレイン(岡元松男社長)では、自社の養蚕工場で生産する有色繭の一つの「みどり繭」の健康成分を活用し、衣料や化粧品など新たな商品展開を始めた。新ブランドとして「絹生活研究所」を立ち上げて、今月12日から首都圏で販売を開始し、越後妻有地域では大地の芸術祭に合わせて、29日からきものブレイン本社やキナーレなどで販売する。伝統的な絹織物産地に新たなシルク産業を興し、少子高齢化の中ではこれ以上の会社成長は望めない事から、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)70台を導入して、合理化を進め収益確保を進めるとしている。

  街なかに紅花がいっぱい 山形「べに街道」開幕
山形市・市中心部に紅花を展示、紹介する「やまがた街なか回遊べに街道キャンペーン」が開幕した。「山寺が支えた紅花文化」が文化庁の日本遺産に認定されたことをPRし、各所で紅花をテーマにしたイベントや限定の食事が楽しめる。7月22日まで。
市ホテル協会(安藤史朗会長)を中心とする実行委員会が企画し、9回目。今回は▽山形グランドホテル▽ホテルメトロポリタン山形▽山形七日町、山形駅西口ワシントンホテル▽ホテルキャッスル▽山形国際ホテルなどの施設のほか、商店街にも紅花を展示する。
ホテル内の飲食店などでは、紅花を使用した特別料理を提供する。期間中、紅花アレンジメント教室(7月1日午前10時、山形まるごと館紅の蔵)紅花ブーケ作り(10日午前11時、同)紅花キャンドルナイト(7日午後6時半、山形まなび館ほか)などを予定する。
初日には、キックオフイベントを山形まなび館で行い、県民踊協会による紅花音頭と紅花摘み唄が披露された。安藤会長が「日本遺産認定を機に世界に魅力をアピールしよう」とあいさつし、佐藤孝弘市長が「多くの県外の人に楽しんでほしい」と述べた。関係者がテープカットし、先着100人に紅花をプレゼントした。日本の朱最上紅花

  6月度生産実績 丹後織物工業組合
京都府・はれのひの詐取事件で神奈川県警は、融資金をだまし取ったとして、社長の篠崎洋一郎容疑者(55)を詐取容疑で逮捕した。本当に腹立たしい事件ではあるが、早くからの契約を促す業界の在り方にも疑問が残る。
一方、「18歳成人」も呉服業界に物議をかもし出している。伝統文化でもある着物に触れる機会が失われるんじゃないか。業界にとって成人式は一番の書き入れ時、「成人式は制服で」というムードが広がりでもすれば影響は計り知れないのも事実。一大事かもしれないが・・・
いろいろあるが今年も浴衣の季節がやってきた。日本各地では浴衣を楽しむイベントが数多く待ち受ける。
さて、半年を過ぎようとしている丹後織物の6月度の生産量は27.319反で、残念ながら昨年の総生産反数28.370反を、1.051反下回った。今年になってまだ1度も昨年を上回ることができないでいる。操業日数は23日で、前年より1日多かった。
品種別の生産量は次の通り。単位反。()内は前年。
△一越・古代=191(180)△変り無地=4.911(4.883)□小計=5.102(5.063) ▼紋綸子(軽)=2.442(2.746)▼紋綸子(重)=2.953(4.123)▼銀意匠・朱子一重=14(49)△紋意匠・朱子二重=13.954(13.651)△絽織・紗織=1.318(1.284)△その他の紋=171(84)△金・銀通し=1.120(1.056)▼縫取・絵羽=245(314)■小計=22.217(23.307) ■合計=27.319(28.370) ▼パレス=656(717)▼紬253(269)。
前年比、白マークはプラス、黒マークはマイナス、±は0。
丹後ちりめん
  白い紅花「保光」が存在感 赤崩地区で見頃
山形県・米沢市赤崩地区で草木染織に取り組んでいる山岸幸一さん(71)が染料として栽培している紅花畑が見頃を迎えている。一般的な紅花に加え、珍しい白い花をつける「最上川源流白い紅花 保光ほこう」がひときわ存在感を発揮している。
保光の誕生は約20年前、山岸さんが畑で3株だけ白い花を咲かせていた紅花を見つけたのがきっかけ。その後、種を採取して大切に増やしてきた。2006年には品種登録され、現在は330平方㍍の畑で約1千株を栽培している。
花に色素が回っていないため、染料としては葉を使う。山岸さんによると「葉に色素が集中するので、落ち着いた品のある明るい黄色が出る」という。
山岸さんの工房を見学に訪れた人らは珍しい紅白の紅花畑に「初めて見た」などと歓声を上げていた。日本の朱最上紅花

  琉球 美の宝庫 サントリー美術館
東京都・多くの島々からなる沖縄は、かつては琉球と称され、独自の美が生み出された海上王国だった。15世紀に統一王朝が成立し、400年以上にわたって東アジアを舞台に“万国津梁”として繁栄した琉球王国は、諸国の至宝で満ちていたといわれている。
「琉球 美の宝庫」は、7月18日~9月2日、サントリー美術館(港区=六本木)=で開催される。鮮やかな紅型に代表される染織や、中国・日本から刺激を受けて描かれた琉球絵画、螺鈿・沈金・箔絵などの技法を使ったきらびやかな漆芸作品を中心に琉球王国の美が紹介される。なかでも、近年の東京でまとまって公開されることがなかった琉球絵画は見所のひとつ。首里王府の染織や漆器のデザインには絵師が関わっていたとされており、染織・絵画・漆芸を特集することで琉球の美術を総合的にとらえ、その実像に迫る。
第二次世界大戦の戦禍をくぐりぬけ現在に守り伝えられた優品が集う貴重な機会であり、特に首里王府を治めた尚家に継承された「国宝 琉球国王尚家関係資料」は必見。
※ 作品保護のため、会期中展示替が行われる。
琉球王国に誘われて
  原節子のドイツ訪問時の振り袖 新潮45で公表
戦前戦後活躍した伝説の女優で2015年に95歳で死去した原節子さんが、1937年主演した日独合作映画「新しき土」の公開に合わせてドイツを訪ねた際、通訳のドイツ人女性に譲り渡した振り袖が現存していることが分かった。振り袖は、通訳の知人でドイツ在住の女性が所有しており、現物の写真が18日発売の「新潮45」で公表される。
振り袖を所有しているのは澄子・モリソン・クリーターさん(70)。97年頃、通訳の女性と知り合い、振り袖をなどを譲り受けたという。クリーターさんはその後、振り袖を一時日本の映画評論家に預けており、存在自体は知られていた。
自身が高齢になったため、新たな預け先を探していたクリーターさんが、評伝「原節子の真実」の著者で、ノンフィクション作家の石井妙子さんに相談。振り袖の写真を公表することになった。
振り袖は、紺色の地に宝尽くしがあしらわれ、汚れや傷は殆どないという。クリーターさんが通訳から譲り受けた写真にも振り袖姿の原さんが写っている。

  伊勢型紙の歴史紹介 白子で江戸~昭和の夏の柄
三重県・鈴鹿市は、白子本町の伊勢型紙資料館で伊勢型紙の文様を紹介する「夏の型紙展」を開き、夏の着物や浴衣によく使われた江戸―昭和時代の伊勢型紙や資料など、計31点を展示した。9月2日まで。
雪の結晶を文様にした江戸時代の型紙「雪輪」は市指定文化財。雪は冬の印象が強いが、当時は涼しさを演出するために夏の着物の柄として良く使用されたという。浴衣の反物として白地に大胆なコウモリ柄が染められた昭和20年代の浴衣の反物には、商売繁盛の意味が込められている。
明治―大正時代の型紙屋と染物屋のやりとりを記したはがきや昭和50年代の浴衣見本帳なども展示。はがきからはその年のはやりがかすり柄であることなどが書かれており、当時を知るための貴重な資料の数々が並ぶ。
担当の市文化財課では「先人が夏を乗り切るために生活の中に取り入れたそのバリエーションの多さや美しさに注目してもらえれば」と話していた。伊勢型紙
 
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