「京のお茶漬け」

NHKで大河ドラマ「新撰組」が放映され、史実と異なるじゃないか、といった意見もあッたようですが、人気は順調で、京都の経済効果も上がったとか。それはともかく「京の茶漬け」(ぶぶ漬けともいう)という京の町衆の生活の知恵は、新撰組とは深いかかわりがあるのです。
以前、地方から引っ越してきた友人が「京都は住みにくい」というので、助言したことがあります。
京都には都があったせいでしょうか、数多くの生活ルールがあります。例えば夏の打ち水。夕方、1軒の家が自分の家の前に(間口分だけ)水をまきます。と、向こう三軒両隣も打ち水を始めます。これでその町内は一様に涼しげになるのです。親切心で隣の分も、なんて考えると、はじき出されます。掃除も同じことです。このことを友人に説明したのですが、しばらくして、こんなに住みやすい町はない、との返事をよこしました。そうなんです、ルールさえ守ればこんな住みやすい町はないのです。もっとも、このようなルールも、花柳界以外では色褪せてきたようですが・・。
さて「京の茶漬け」。この言葉は、京都人気質を代弁した言葉ですが、他府県の方には、あまりいい意味としてとられていないようです。
お客の帰り際に「まあ、もうお帰りですか、なんにもおへんけどお茶漬けでも食べていっておくれやす」と声がかかる。相手が断る事を前提とした外交辞令で、手みやげを持参した場合の「つまらないものですが」と同じ意味を含んでいます。
では、京の町衆はこの外交辞令をどのような環境から身につけたのでしょう。それは冒頭にも言ったように新撰組(幕末の動乱)の時代に大きくかかわっているのです。土佐や長州と京の治安維持を目的として戦った新撰組、その最たるものが池田屋騒動です。そんな時代、京の町には毎日のように刀を振りかざし血に染まった侍連中が、町衆の意とは関係なく、町衆の家や庭に飛び込んでくるのです。「水をくれ」、「薬はないか」と。戦いを知らぬ町衆は、言葉を巧みに使うしか方は無かったのです。身の危険を守るため「ハイ、水です・・、おにぎりです」と。中には、本当の親切心から、血に染まった侍を気遣って、心から声をかけた人もいたでしょう。が、大方は腹の中に無い言葉を発せざるを得なかったのです。このことが、京都人気質の基本となっています。
「京の茶漬け」のサイトを開くと大方は、京都人はしまつ屋、ケチと説明されていますが、私の意見はそれに異を唱えます。相手を傷つけない気遣いを含んだ言葉なのです。動乱の世に生きるための生活の知恵と理解します。予想ですが、新撰組が駐屯して有名になった八木家も、多分いい迷惑だったに違いありません。
この他、織物で有名な西陣にも、職人の町としてのルールが今も数多く残っています。総てが理にかなったルールですが、徐々に無くなりつつあるのは少し残念なような気もします。