左ハンドル 右ハンドル

私の愛車は、フォード・マスタングコブラ4600CC。アメ車であるから当然左ハンドルだ。そんなことから、ふと疑問に思ったのが、世界の車は右、左、どちらを走っているのだろうか、ということだった。海外に出かけた時、テレビで世界の景色を紹介している番組を見た時など、ことごとに、イギリスは左側、ラトビアは右などとメモを取り、調べてきた。そして文字で表すため参考にしようとサイトを調べてみた。あるはあるは、すごい数でアップされていた。一瞬やめようかと思ったがせっかく調べてきたのにもったいないと思い、2番煎じ、3番煎じではあるが文字に起こしてみた。
左か否かは、生活習慣や英雄の思いなどが基本になっているようだ。例えばフランス。ナポレオンの時代以降、高速に走る車が増えてきた。そのための危険防止に、彼が左利きであったことから右側通行と決めたらしい。アメリカは開拓時代の幌馬車で、ムチを右手に持ったことから右側通行になったという。左側通行の代表格はイギリスで、騎士が刀を左に差していたことが理由であり、日本も同様武士が刀を左に差していたからだという。基本的にはイギリス、フランスの形式が世界の基本になっているが、イギリスの植民地であったアメリカが、左側通行を取らなかったのは多分、独立戦争でイギリスと戦ったためだったのではと、私は推察する。
世界の大方が右側通行となっているが、数少ない左側通行の国を羅列してみた。アイルランド、インド、インドネシア、ウガンダ共和国、オーストラリア、ガイアナ、キプロス、ケニア共和国、サモア、ザンビア、シンガポール、スリナム、スリランカ、タイ、タンザニア、東ティモール、ナミビア、ニュージランド、ネパール、バハマ、バングラディシュ、香港、ブータン、ブルネイ、ホンコン、マカオ、マルタ、マレーシア、南アフリカ共和国、ミャンマー、モーリシャスとわずかだ(ひとつふたつ抜けているかも)。そして左側通行をとっている国々は、かつてイギリスの植民地であった。それ故の左側通行だと、容易に読み取れる。が、例外が3ヵ国ある。
インドネシアはオランダ領であったが、周辺国にあわせたようだ。ふたつ目はタイ、ユル・ブリンナー主演の「王様と私」は有名であるが、1826年に隣国ビルマにイギリスが勝利した後、次第にヨーロッパ諸国の植民地主義の脅威に晒されるようになった。アジア地域における西欧列強の力をタイが脅威に感じ始めたのもこの頃であった。植民地化を恐れたタイは、英国との間に友好通商条約を締結している。この条約により植民地化から逃れたタイは、文化的にもイギリスに感化されていったのではないかと思われる。あっそうそう、ブータンもこれに順ずる。また、台湾と韓国は、日本の植民地時代にはやはり左側通行であった。しかし、その後のアメリカ統治下に右側に変わっている。
近くには、1972年5月15日に沖縄が日本に変換されたが、それまでの沖縄では右側通行であった。左右どちらが良いのかの結論は出しえないが、日本での左ハンドルは、やはり不便である。
参考までに。ヨーロッパのいくつかの国は、車など全てが右側なのに国鉄だけ左側通行になっている。ベルギーをはじめイギリス、ポルトガル、フランスの一部、イタリアなどがそうであるが、理由として、イギリスの技術などの影響を受けそのシステムを保ってきているか、第二次大戦中にドイツに占領されたかどちらかだ。が、戦争中ドイツと同じ右側通行に変えられた国々の中に、戦後、もとに戻した国と戻さなかった国があるということも付け加えておこう。