きもの風土記

月山、羽黒山、湯殿山。出羽三山を拝し、悠久の時を流れに刻んできた雄大な最上川を持つ日本有数の米どころ庄内平野。
かたくなに原点を求め続ける製糸工場と、蚕に惚れ込み切磋琢磨している養蚕家たちが共存している。そしてこの地域では晩秋蚕が最も上質の繭を作り出すという。それを求めて訪れた庄内平野は黄金の波をうっていた。
  
蚕の一生
 (1)催青(さいせい)
蚕種を孵化(うか)させること
 (2)掃立(はきたて)
蟻蚕(ぎさん)に初めて桑葉を与えること
きもの風土記
 (3)稚蚕(ちさん)
1〜3齢の蚕児の呼び名
 (4)壮蚕(そうさん)
4〜5齢の蚕児の呼び名
 (5)上蔟(じょうぞく)
熟蚕を蔟(ぞく)と呼ぶ繭を作る場所に移す
上蔟の神秘
羽黒山麓の小さな谷あいの村藤島町大字添川は、残セミの鳴き声が響いている。ここに平成6年多収繭全国一になった養蚕家がいる。母屋の裏の山すそに7〜8棟の蚕室があり、熟蚕寸前の蚕が音をたてて桑を食んでいる。なかには桑葉の上にはってあるネットの網目からはいだし既に塾蚕時に入って今にも糸を吐かんとするものもいる。「今日は蚕におわれて忙しい。明日か明後日来れば、すばらしい光景が見られるよ」と、蚕の世話に忙しく体を動かしながら教えてくれる。
翌日、蚕室から上蔟室へと、家族ぐるみでの運搬が間断なく行われていた。蚕は成長しおわると次第に桑を食べなくなり、体が透きとおり、糸を吐きはじめる。これを熟蚕と呼びタイミングをはずすと桑葉の中で繭を作ってしまうという。「あの棟を見にいってごらん」の声に足を運んだ先は上蔟室。今まさに儀式のまっさいちゅう。それに伴うすさまじいまでの水滴が天井から落ちる。「排尿糞の音で、繭作りの最後の用意だよ」と教えてくれる。体を美しく透きとおらせ天井から吊り下げられた無数の蔟(まぶし)に這い登る熟蚕を目の当たりにした時、感激のあまり涙を憶えた。
桑栽培に格好の肥沃な土地と、蚕にとって重要な温度管理を自然が受け持つというすばらしい立地条件が、旧藩士をして開墾せしめたのであろう松ヶ岡地区。依頼120有余年、改良に改良を重ねてきた蚕は、その粒は大きく見事なまでにそろっている。もともと庄内で産する繭からひく糸が細くて美しいことは知られている。が、あらゆる条件を満たしている桑や蚕を見ると、養蚕家たちの努力と経験がハッキリと読み取ることができる。養蚕家は語る。「もともと農家だから桑育のノウハウはある。しかし、温度、天候、湿度に大きく影響される蚕は、そうはいかない。温度が少し変化するだけで糸にフシができるでノウ。彼らの居心地ををよくしてやること、それが一番だよ。金だけではできないよ」と。

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5齢の蚕床 粒揃いの繭 蔟につかまる塾蚕