きもの風土記

   
きもの風土記
静かな工場
戦後、化学繊維の出現により他の絹産業同様に大音の糸もシェアを奪われかける。しかし、化学糸は強度には優れているものの糸が伸びやすい、調子が変わる、音色に張りがない、余韻が少ないなどの短所があり、多少高価でも音色に優れている絹糸が根強い人気を保持する。「絹の弦にはもの悲しさを含んだ揺れるような響きがある」と話す三味線奏者の言葉がすべてを語っている。
さて、
完成した生糸は特殊撚糸の製造所へ送られる。一般の織物でも前段で糸を撚るが、これは付帯加工。邦楽弦糸は、撚糸自体が製品となるため一般の撚糸とは大きく意を異にしており、12もの工程を経て優れた音色を持つ弦に変身していく。
残念ながら私が訪れた時は、前日に一大作業が段落していたため工場内はガランとしていた。

   
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繰糸
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目方合わせ後の糸
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独楽撚り
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独楽撚りのコマ
前置きが長くなったがここで工程をたどってみよう。
一等最初は機械にかけて小枠に巻き取る「繰糸」という作業からはじまり、定められた長さに結び目を付けて「寸法取り」を行なう。ここで一旦5本をまとめて1本にする「合糸」という工程を踏み「目方合わせ」に移る。1本に撚り合わせる原糸の量を決定するのだが、原糸の太さは一定ではないため、糸量は本数ではなく目方で揃えられる。後、水につけて太さに応じた「撚糸」をするが、より良い弦糸づくりのため、ここでは独楽(こま)撚り(手撚り)を採用している。
撚糸された糸は三味線用は鬱金(うこん=ショウガ科の多年草)粉で黄色に「染色」し(その他は生成)、撚り合わせた糸が定着するよう餅海苔で「糊煮込み」をする。この工程はセリシンが外部に逃げださないよう包皮する目的も兼ねているようだ。次いで、糸を木枠からはずし柱にかけて「糸張りを」行い「自然乾燥」させる。
ここまでの段階で、既に弦の体裁を整えているように見えるのだが、さらに、目に見えない節でも、弾き手の指にかかって演奏の妨げになる恐れがあるため、細心の注意をはらって、指の感触で探り当てる「節取り」を行ない、同時に不良品を取り除く「選」という作業に移行する。
いよいよ仕上げ段階。
糸を糊に浸して表面をコーティングする「糊引き」は、音の出具合を左右する工程なので、慎重を要するという。そして最後にもう一度「自然乾燥」させる。
ここから先は出荷するための工程で、弦として定められた寸法に「切断し」竹製の筒に巻き取って形をつけ、紙紐でとめる。
後は出荷を待つばかりとなるわけだが、糸繰りから製品までの工程は約10日間を要する。
参考までに記しておくと、三味線でいうならば、一番細い「三の糸」でも、撚り合わせた繭糸は、600粒が必要だという。最も太い「一の糸」となると、その3倍もの、約1800粒の繭が必要というわけだ。

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自然乾燥中の糸 琴糸 三味線糸

   
琵琶湖の北端で、平安時代以前から、多くの人々の手で受け継いでこられた「伊香具の糸」。白く艶やかな「いかぐ糸」は、今なお邦楽弦楽器の原糸では全国シェア90%を誇っている。また、糸の強靭さ故に、木之本町の撚糸工場で楽器糸以外の用途の糸もつくられている。
そんな糸を紹介しながらのお別れになるが、糸とりにも、撚糸にも、若い世代が果敢に参加していることが頼もしい。
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絹ひも 絹なわ