夏を感じさせる、沖縄の伝統的な染め物「紅型」。15〜19世紀の琉球王国時代を代表する工芸品で、草花など自然の文様を型紙などを使って染める。強烈な日差しに映える赤や黄の原色、くっきりした模様が印象的だ。その着物はというと1着200万円もするのだが、東京の着物愛好家の間で人気が高まっている。高島屋の池田喜政さんは「景気が上向いていることと、民芸調のほのぼのとした雰囲気が注目されるようになったからではないか」と話す。
日本の伝統工芸が後継者不足に悩むなか、紅型は技法を継ぐ若い人が目立つという。県立高校・大学などに紅型を学ぶコースが設けられ、卒業生が活躍している。本土から学びに行く人もいる。
実際に若い後継者が活躍し、伝統的な色柄を発展させた作品も生まれている。鮮やかな色合い、繊細な文様は、目にするだけでも華やいだ気分になる。


  
現代の着物を意識 抑えた色合いもその一つ

抜けるような青い空が広がる沖縄県読谷村よみたんそん。海を望む高台にある「玉那覇紅型工房」。紅型作家の玉那覇有勝さん(46)の工房だ。父の有公さん(78)が1996年に人間国宝に認定されたのをきっかけに、2000年ごろ会社員を辞めて修業を始めた。
反物を広げながら、「伝統的な色柄だけでなく、現代の着物に適した、抑えた色味、落ち着いたデザインにしている」と話す。ササの葉や花が繰り返し描かれた「竹に
熨斗のし文様」は、淡いさわやかな青色で、沖縄の美しい海や空を感じさせる。
有勝さんは、家の周りの自然や街角で見たものなどに着想を得てデザインし、型紙を彫る。型紙を絹や木綿の布に置いてのりをつける。のりの部分は色がつかない。のりのない場所に自分で調合した顔料を用いて、手描きで模様を入れる。全ての工程をひとりひとりで行うため、1反染め上げるのに2〜3か月かかるという。
「精魂込めて作った紅型は、着ることで美しさが引き立ち、後世にも引き継がれていく。ぜひ袖を通してもらいたい」と話す。※写真は、青色が美しい「竹に熨斗文様」。


  紅型のデザインを 
手頃な価格の商品に

若手作家は紅型の技術を応用した、新たな作品を生み出している。新垣優香さん(30)はそのひとり。那覇市出身で、首里高校染織デザイン科を卒業。着物用の紅型だけでなく、手染めの紅型のパネルなども作る。
今年春には、インターネットの寄付システム「クラウドファンディング」で資金を集め、紅型のデザインを取り入れた食器などを制作した。「高い評価を得ている紅型のデザインを手頃な価格の商品にしてみせることで、ファンを広げたい」と話す。
新垣さんは言う。「私の創作コンセプトは「ニライカナイ」です。ニライカナイとは沖縄で昔から言い伝えられている言葉で、『海の彼方にある楽園、誰もが笑顔でいられる世界』をイメージしています。※写真は、新垣さんがデザインした紅型のパネルや食器。


  琉球王国時代の技法を 
受け継いで

琉球王国時代から代々技法を受け継いできた城間家の「城間びんがた工房」(那覇市)で、鶴や桜、紅葉などが描かれた伝統的な黄色の着物を見せてもらった。存在するだけで周囲がぱっと明るくなる。15代目の栄順さん(81)の妻、勝美さん(70)は「四季折々のものが一緒に描かれる。華やかなのに、うるさい感じはしないのが特徴です」と話す。

紅型は、日本や中国などから伝わった技術を基に、工夫が凝らされて生まれた。「いろんなものを集約し、どこにもない技法に発展した。沖縄の地理、歴史を凝縮した工芸なのです」。沖縄県立博物館・美術館の主任学芸員、與那嶺一子さんは、そう説明する。
琉球王国時代に作られた豪華な紅型や道具類は太平洋戦争で失われ、現在見ることが出来るのは戦前に本土に持ち帰られたものがほとんど。東京国立博物館(東京都台東区)や日本民芸館(東京都目黒区)などに収蔵されている。
※写真は、黄色を基調にした華やかな着物(城間びんがた工房)。