川原マリア。長崎県出身。平成22(2010)年京都市の図案家に弟子入り。ファッション性の高い着物姿を写真で発表し、平成27年に和装総合会社の京商(京都市)に入社。29年オリジナル着物ブランドを立ち上げて現代ファッションとしての着物を提案。モデル活動やイベントなどのプロデュースも手掛ける。
噂通りの着物美人だが…あれ?それ、着物ですか?「はい。普通に着れば、普通の着物です」とにっこり。「今日はふんわりしたパニエ(アンダースカート)を2枚重ねにして、その上に水玉の着物を。スカート丈に合わせウエストでたたんで、帯締めと帯留め替わりにしているのはワンピースなどに使うベルト。あ、着物の下に着ているのはシャツです」。

   着物をポップに
いいとこ取り
日本の伝統衣装である着物を現代感覚で着こなす川原さん。ハイヒールやブーツは当たり前、サングラスやベレー帽を合わせたり、ビスチェを帯の代わりに着けてみたり。インスタグラムで発表する着物姿の写真はまるでアートだ。フォロワーは約1万8千人と、この1年ほどで3倍以上に急増した。若い女性のファッションリーダー的存在だが、本職は着物の柄のデザインを手がける図案家。一昨年にはオリジナルの着物ブランド「MICO PARADE」を立ち上げた。
「かわいい!」。この春、期間限定で大阪・梅田の阪急百貨店本店に川原さんの商品が並んだ。ポップだがどこかにさりげなく「和」を感じさせるテイストが人気の秘密だろう。「古典を知っているからこそできる表現だと思います。新しい発想とのいいとこ取り、かな」。
「直感でしたが、着物。着物には今の日本人がなくしかけているもの、日本のアイデンティティーが凝縮されていると思った。だから京都に行こうと」。早速、ネットで探したデザイン会社で図案家に弟子入り。23歳になっていた。
ふんわりしたパニエの上に着物をドレス風に着て靴を履き、帽子を被る川原さん。

   クラウドファンディングで オリジナルブランド
長崎県出身。敬虔けいけんなカトリックの家に生まれ、シスターになるための学校(志願院)に入ったが、その道には進まなかった。「自分らしく生きたい」。そのために、もがき続けた10年があった。
芸名のようだが、川原マリアは本名だ。「6人きょうだいの末っ子で難産だったそうです。無事に生まれマリア様からの贈り物だと家族会議で。恐れ多いときょうだいは反対したそうです」と笑う。さまざまな仕事に就いたが、生活のためだけに働いていることに気づき、何がしたいのかを自分自身に問い直した。
修業生活は厳しかった。図案の仕事はおもしろかったが、弟子の生活は基本的に無給で貯金を取り崩す毎日。その中で、着物を着て自分で撮った写真を会員制交流サイト(SNS)に投稿し始める。和洋にこだわらない斬新な着こなしは注目を集めた。
新しいとかおしゃれとか言ってくださるんですが、本当はお金がなかったからなんです」。古着は安く買えても小物までは手が回らなかった。そこで草履の代わりにブーツをはき、帯締めはベルトで代用、襦袢(じゅばん)の代わりにセーターやシャツを着た。そんな川原さんに平成26(2014)年JR東海のキャンペーン「そうだ京都、行こう。」のモデルにと声がかかる。
それからは修業とモデルの二足のわらじ。金銭的にも体力・精神的にも限界が来ていた。着物の需要も減る一方で「着物って必要なの?」と思い、注目され始めていたクラウドファンディングに挑戦。インターネットで自身の活動を紹介して資金を募り、着物文化が存続の危機にあると訴えた。成功して資金が集まり、着物には可能性があると確信する。図案を教わった修業先には感謝していたが、業界全体を見渡せる位置で学び直したいと転職。平成29年、念願のオリジナルブランド「MICO PARADE」を立ち上げた。「正統な着物が白米なら私の提案はふりかけみたいなもの。おもしろそうと思って一口、着物の世界に入ってくれれば」。

   もっと自由に もっとおしゃれに
「大好き!」「応援してます」。川原さんの限定ショップやトークイベントには大勢のファンが詰めかける。一方で、従来の和装のイメージを大きく変える“とがった”存在の川原さんには批判もあった。
着物は扱いやすいポリエステル。デザインも現代風だが、よく見ると「和柄」をアレンジした作品が多い。「古典を学びましたから。古典だからこそできる表現というのもあります」。ところが、肝心の着物の需要が先細って久しく、市場は約30年で6分の1に激減した。「そもそも着物って高いし面倒だし、何も知らずに着るのも怖い。そんな子たちに“いいよいいよそんなの、素人なんだから”といってあげたい」。着物を自由に、おしゃれにまとう川原さん独特のファッション。最近は“マリア流”としてあこがれる女性が増えた。川原さんは「着物をファッションとして立ち返らせることができなければ未来はない」という。今最も危機を感じているのは和装文化を支える京都の職人が消えつつあることだ。「もうできない技術もある。瀕死の状態なんです。でも、今ならまだ間に合う」。
「伝統とは革新だと思う。古いものを受け継いでいくために“守破離”するんです」。守破離とは修業における段階を示したもので、型や技を守り、破り、離れて初めて新しいものを生み出すことの例えだ。「まだ道はある。だから皆さん、応援してください」。
赤いアンティーク着物に白いベールをかぶった姿は聖女のよう。アーティスティックな着物姿が印酢田グラムで注目を集めている。