リニアの路線下。移転問題 代替地未定、募る不満 進まないJRの駅用地確定。これらの問題がおおいかぶさり、「着物の染織はやめざるを得ないかもしれない」。
リニア中央新幹線の県内駅が設置される飯田市上郷飯沼の染め物職人、中島久雄さん(63)はため息をつく。JR東海の計画では、工房と隣接する自宅に高架の橋脚が建設される予定で、移転を迫られているからだ。
長野県飯田市上郷飯沼はきれいな湧き水を生かした、江戸時代から続く伝統工芸「小紋染め」が盛んな地区だった。型紙を使った独特の幾何学模様が特徴で、高度経済成長期の1960年代には50〜60軒の工房があったが、着物の需要が少なくなった現在は、中島さんを含めた2軒だけが細々と続けている。

  
遅々として進まず リニア計画
リニア県内駅と整備区域

JRは2013年、リニアの詳細ルートと駅の場所を公表した。中島さんは当時、リニアの路線下だと知ってもあまり深刻には考えていなかった。「移転はまだ先の話」。そう思っていた。
しかし、3年が経過してもJRは工事の遅れで、建設用地の範囲を決める「幅杭はばくいさえ打てず、取得する用地を確定できていない。そのため補償額の算定も全く進んでいないのが現状だ。JRは駅の建設着工を18年度としている。中島さんは「住民は自分の家が範囲内に入るのか分からず、生活設計に不安を抱いている」と話す。
市は昨年12月にリニア駅を挟んだ6.5㌶を整備区域にする方針を決めた。市によると、移転対象は駅本体部分を合わせて計73棟。駅へのアクセス道路新設や周辺地域まで広げると約100棟になると試算している。
用地取得は市がJRから受託するが、買収交渉はまだ始まっていない。市リニア推進課は「JR側の用地確定がまだで、地元では用地組合をつくる動きもある。目に見える形ではないが、対象の住民に意向調査をするなど、1歩ずつ準備を進めている」と釈明する。
移転先については、代替地の情報を提供する制度を開始。市土地開発公社によると、9月16日現在で78件の登録があるが、物件の紹介は「不公平感がないようタイミングを見て実施したい」と未定だ。住民からは「将来の見通しが立たない」と不満の声が漏れる。


  見本作りやめた
 工房の危機
リニアの県内駅が設置される飯田市上郷飯沼地区
中島さんも移転先を探しているが、良質で豊富な水が確保できる場所がなく「難しい」と話す。リニアのルートが発表されてからは、問屋に見せる反物の見本作りをやめた。工房が継続できるか分からないからだ。現在は小物に絞るなど事業を縮小し、他にアルバイトで生計を立てている。
「リニアは飯田に新しい人の流れをつくるので賛成だ。しかし、市は移転を余儀なくされる人のことにもっと熱を入れて対応してほしい。駅周辺整備などの検討も、どこか遠い話のように感じる」。中島さんはそう訴える。