紬織の染織家で人間国宝の志村ふくみさん(98=京都市)が衣装を担当し、水俣病の問題を描いた「苦海浄土」で知られる作家の石牟礼道子さん(90=熊本市)が物語を書いた新作の能が今秋、上演される。2011年の東日本大震災をきっかけに、「人と自然のあるべき姿を伝えていかなければ」との危機感を募らせた2人の共同制作。ともに体調に不安を抱えつつも、思いを次世代につなげたいとの使命感が背中を押したという。
=石牟礼道子さんが、上演を観劇されることなく、2月10日午前3時14分、パーキンソン病による急性増悪のため熊本市の介護施設で死去されました。90歳でした。ご冥福をお祈り申し上げます。=

  
震災機に 人と自然の姿伝える
 糸を括って紅花染めをする志村洋子さん
志村さんと石牟礼さんの出会いは約30年前。志村さんの随筆に感銘を受けた石牟礼さんが感想を寄せ、手紙のやり取りなどがしばらく続いたが、その後は途絶えていたた。
2人が改めて交流を深めるきっかけとなったのは東日本大震災だった。
被害の大きさに心を痛めた石牟礼さんは震災翌年最後の作品として、島原の乱(1637〜38年)後の熊本県天草下島舞台にした「沖宮」を書き上げた。
干ばつに苦しむ村で、天草四郎の乳きょうだいの少女、あやを竜神に人身御供ごくうとしてささげることになる。緋色の衣を着たあやを改定にある沖宮へと導いたのは、青い衣をまとった四郎。あやの犠牲で村には恵みの雨が降るー。
石牟礼さんは、沖宮を「共同体の再生の場」と位置づけ、衣装制作を志村さんに依頼、志村さんも、被災地の再生への祈りも込められた物語に魅せられ快諾した。
志村さんが能装束に挑むのは初めて。あやの衣装は紅花で、四郎の衣装はクサギで染めようとイメージを膨らませていたが、2年前に過労で倒れて以来、体調と気力が戻らず、取りかかれずにいた。
石牟礼さんもパーキンソン病で身体が思うように動かせなくなっていたが、2人は数カ月に一度、熊本に足を運ぶ志村さんの長女で染織家の洋子さん(68)を介し、「部隊を見るまでは死なない」と励ましあってきたという。
志村さんの体調が少しずつ回復したため、今年になって洋子さんや弟子が手伝うj形で、本格的に衣装制作を開始。山形県から紅花を取り寄せ、志村さんの出身地の滋賀県などからクサギを合浸けて一を染めている。並行して、企画・制作にあたる志村さんの孫の昌司さん(45)が、原作のセリフを五七調、七五調に整える作業を進めている。
石牟礼さんは「ふくみさんは草木染めの名手で『沖宮』に込めた私の心を、緋の色の衣装などで表してくださる。友情に感謝しつつ、上演を楽しみにしています」と語り、志村さんも「四郎とあやの姿を通して「石牟礼さんが紡いだ言葉と、自然の色の力を感じ取ってもらう機会になればうれしい」と期待を膨らませる。

  秋に金剛流が 集大成を上演
能楽金剛流若家宗家の金剛龍謹さん(29)が、四郎をシテ(主役)で演じる。10月6日に熊本の水前寺趣園能楽殿、同20日に京都の金剛能楽堂、11月18日に東京の国立能楽堂でそれぞれ上演される。