八木駅

八木町の中心にはあるが、京都市に比較的近いわりには今なお変化が見られない駅近辺だ。それが何より証拠には、尾籠な話だが駅トイレは今も汲み取り式だし、駅前広場も以前と何も変わっていない懐かしい駅のひとつだ。

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旧態とした八木駅 時間がとまったような駅前

  吉冨駅
舎は地元の郵便局との合築となっており、1日あたりの乗降客200人足らず。かつては現在地より踏切を挿んだ北側の園部寄りにホームが延びていた。民営化の後、行き違い設備を整備するために移転したのが現在の吉富駅の基になっているというのだが、当時より園部駅に近く、何故こんなところにと今も思う。
国道にピッタリよりそう駅だ。もちろん昔も今も無人駅。
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吉冨駅 踏切から見たホーム

  園部駅
時は沿線で一番大きな駅のようにも思ったが、亀岡の方が発展したようだ。現在は京都駅から園部駅までを嵯峨野線の愛称で呼び、かつては通過していた特急の殆どが停車するようだ。また、JR側のいうアーバンネットワーク(対都市ネットワーク)エリアに入っており、08年を目安に完全複線化を目指している。
駅自体も橋上駅となり、表はさほどではではないが、裏側がかなり開発されているようだ。
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園部駅 跨線橋からの写真 駅表

  船岡駅と日吉駅
路が通る堤の上に島式1面2線のホームを持つ無人の地上駅。かなりローカル色が濃く、1日の乗降客は50人足らずだと統計に出ている。
一方日吉駅は、かつて殿田駅と呼ばれており、我々にはその方がしっくりくる。96年に改称されたらしい。特徴はキヨスクが今も駅経営をしていることだ。
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堤の上の島式1面2線 駅近辺の家並 日吉駅 駅前道路

  鍼灸大学前駅と胡麻駅
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灸大学前駅は学生のための駅で、96年3月に開業した新駅で民家は殆ど見当たらない。1日の乗降客は約300人で学生が中心。
胡麻駅は単線時代の離合列車待ちを今でも味わえる駅。折り返しや特急待ちで10分以上待たされるという。ホームに降りて上り列車を待ったのが懐かしい。2駅とも無人。
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単式ホームの鍼灸大学前駅 郵便局が同居の胡麻駅 駅前通り

  下山駅
は山間の集落に面しており、駅前には本数の少ない町営バスの乗り場があるだけの無人駅。駅舎のまえにあのような立派な松の木があったなんてのは知らなかった。
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松が映える下山駅 駅前通り

  和知駅
式・相対式2面3線のホームを持つ地上駅。簡易委託駅(鉄道会社から第3者に)で売店も営業している。駅舎正面左側に町営バス、京タク乗務員事務所があり、 駅前広場より町営バスが発着している。撮影時も小中学生の乗降があり、比較的賑やかな駅だ。そういえば以前から綾部に順じていたような気がする。

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和知駅 ホーム 駅前広場

  安栖里駅
はなかったように思い、調べてみると昭和32年開業となっていた。船岡駅と同じくトンネル状の階段をくぐってホームに上がる。無論こと駅舎は無く、ホームのみの無人地上駅。乗降客も少なく1日40人弱。
2とペイントされたトンネル階段を上がるとホームに出、まっすぐ進み左にまがると中央写真の広場に出る。

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相対式2面2線のホーム 駅前駐車場 ホーム入り口

  立木駅
946年に信号場として開設、翌年に旅客駅に昇格しているが、乗降客は17人と少ない。変わったことに、簡素なる駅舎の左側は待合室、右側はトイレになっている。また、見方によっては5、6軒しかない民家のお抱え駅にも見える。

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立木駅 駅前の民家

  山家駅
治43年開業の古い駅だが、立木駅同様ヨドコウの物置のような駅舎の右側は、男女共用のトイレになっている。ただ、駅への道に赤い橋がかかっており、下を流れる由良川は絶景だ。が、駅前の民家はなんだか淋しげだ。
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駅舎かな? 島式1面2線ホーム 由良川 駅前の道路

  綾部駅
鶴方面の特急列車と福知山方面の特急列車が当駅で分割併結されるが、舞鶴方面へはバックするような形になり、子供心に「アレッ」と思ったことを思い出した。また、駅弁の販売が窓越しに行なわれていたが、2005年まで販売されていたと聞き、ますます懐かしくなった。が、駅舎自体には昔の面影はなく、橋上駅舎となっていた。
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綾部駅 駅前ロータリー

  エピローグ
峨野線の愛称を持つ京都〜園部間は、京都・大阪のベッドタウンであるため旅客数、列車本数とも多いが、ほとんど単線であるため朝のラッシュ時は大変だという。列車によっては単線区間における列車行き違いを亀岡駅から日吉駅まで8駅連続で行うとか。このあたりは昔と少しも変わっていない。が、08年の完成を目指して京都〜園部間の完全複線化工事が進行中だ。
実際の山陰本線は京都駅から、鳥取駅、米子駅、出雲市駅、浜田駅を経て下関市の幡生駅までだが、この度京都〜綾部間の駅めぐりをして気がついたのだが、先述したように山陰本線の真の目的は京都と丹波や山陰地方の都市と結ぶことだけで、間の駅のことは二の次だったのではと改めて思う。というのも殆ど進化できるようなところに駅が造られてないからだ。