―土地の人は話す―

魚沼の里に牧之(ぼくし)が好んだこぶしの花が咲く頃、すべてのものが活動をはじめる。一方、機の神が祀られているという巻機(まきはた)山にも珍しい草花が春の訪れを待ちかねたように芽吹く。そして大原の桜並木が満開になる頃、塩沢は春まっさかりになるのだと。
塩沢の命を育んできた魚野川に雪解け水が流れる頃になると、水田は早苗でまっさおとなり、7月には県下一の清流が鮎釣りのメッカとなる。各地でにぎやかに夏祭りが行われるのもこの頃だ。
有名なコシヒカリが、魚沼盆地で黄金色に光る。そして稲刈りがはじまり、赤や黄の鮮やかな色彩が渓谷の模様を一変させる。やがて、薬照寺の樹齢400年の大カツラの花が色づきはじめると塩沢の人々は雪囲いをはじめ、冬の仕度にかかるのだそうだ。

きもの風土記
薬照寺の大カツラ
大カツラの花が散り落ちると魚沼盆地に初雪が降り、町並みも、山々も、水田も、キラキラ光る白の世界に変わっていく。まもなく塩沢の町全体がすっぽりと白に包まれ、この地の織物の歴史を語るに欠くことのできない、厳しくて長い冬を迎えることになる。
塩沢に生をなした鈴木牧之の著書「北越雪譜」にも、半年の間、雪の下に埋もれるこの地方の自然のありさまや暮らしの厳しさ、また、その間、辛抱強く作業を続けたその頃の織り子たちの苦しみや喜びが細かく描写されている。

    
国の重要無形文化財技術指定を受けている越後上布は、塩沢で織られた麻布が正倉院に残されているなど、その歴史は1000年以上を誇る。
川端康成の「雪国」の舞台となった上越線湯沢に続く塩沢町、六日町を中心とする塩沢山地は、新潟県を代表する小千谷、十日町と同様、豪雪地としても全国的に知られている。平場で積雪3bにおよぶこの地方の農家では、昔から男は出稼ぎ、女は家庭で機を織るという暮らしを続けてきた。つまり越後上布は、冬期間の農家の副業として重要な位置をを占めてきた。
きもの風土記 きもの風土記
雪で晒された麻糸 居座機(いざりばた)で織られる上布
現在、小千谷と塩沢で僅かに織り続けられている越後上布は、その工程を昔と同様、すべて手作業で行っており、手紡ぎや居座機を熟(こな)せるのは70歳以上の女性だという。麻糸が乾燥を嫌うため全く火の気のない作業場で製織しながら「好きでないとやれないよ」と屈託なく笑う。
例年に比べて雪の少ないこの地方で、雪国の風物詩、雪晒しを見ることができたのは幸運であった。
きもの風土記 きもの風土記
原麻とおうみと麻糸 一度着られた上布を晒す(洗い張り)