撚りを強くかけた麻糸を使ってシボを出したり、縞や縞柄を織り出すんど、越後上布の技術を絹織物にそっくり活かして織られはじめたのが塩沢紬だ。18世紀後半、原料を麻から繭に変えて真綿手紡ぎ糸とし、居座機から高機に移行することで塩沢紬の技術が確立され、生産が増大していった。
今、伝統的工芸品に指定されている塩沢紬は、雪国の純朴さを失わず、悠久の昔から絶えることなく親から子へ伝承し、守り続けてきた伝統の技を素材を吟味するとともに、絣柄に執念を燃やすもの、豊富な色にその命を求めるなど、それぞれの機場がそれぞれの創意工夫で、民芸の香り豊かな格調高い高級着尺を作り出している。
きもの風土記 きもの風土記 きもの風土記
多色使いの塩沢紬 本塩沢 草木染めの染材

きもの風土記 例えば、昭和53年、紬で訪問着を作り総理大臣賞を受けた染め人は「機械でできないものを作る。これが本物を作るひとつの原則だ」と話す。「絹という天然繊維をなるべく植物染料で染めていきたい」とも。こういった染め人の臨機応変の考えが、本塩沢(お召し)をベースとした塩沢ちりめんを、経糸、緯糸に玉糸を使った塩沢紬を、京都の染めと出逢い全く新しい世界である塩沢友禅(写真)を生み出している。
農家の副業として受け継がれてきた塩沢の織物は、今なお携わる人々の息づかいを伝えてくる。