現在、藍師はわずか数名にすぎず、数量的には往時と比較しようもない。が、昭和52年には「阿波藍製造技術保存会」が文部省(現在は文部科学省)から認定され、技術の保存発展と後継者の育成に努める一方、少数ではあるが藍に魅せられた地元の人たちの情熱により、正絹きもの、高級婦人服地、インテリアへと分野を開きつつ、昭和62年には22.4fと牛歩ではあるが生産量も増加してきた。    

  
藍に惚れ、藍を愛す一人の藍師を訪ねた。藍師宅にはスクモを製する加工場に寝床と呼ばれる建物がある。外壁を頑丈な土壁で固め、室内をシックイで塗りつぶし、室内温度が常に一定であるように工夫されている。土間も中心部をやや高くし、水分の疎通と保温のため粘土で築き固められている。その寝床ではスクモの切り返しの真っ最中であった。一種独特の異臭が鼻をつく。「スクモ作りの方法は、今も昔と殆ど変わっていない。まあ、車や扇風機を使うことぐらいですかねえ」と、藍師は話す。
きもの風土記 きもの風土記
1番刈り寸前の藍畑 大型扇風機を使っての藍粉成し
藍草の栽培だが、節分前後に種を蒔き、約1ヵ月苗が2〜3aになれば間引きし、5月上旬に5〜8本を1株とし本畑に定植する。刈り入れまでの約2ヵ月、肥料をやり害虫に目をひからす。7月上旬に1番刈り、8月上旬に2番刈りと刈り入れが始まる。刈り取った藍草は、間髪を入れずカッターで2a前後に切断し、大型扇風機の風力で葉を飛ばし茎と選り分ける。葉藍は、太陽が強ければ強いほど酸化して黒ずむ。これが早いほど藍分が葉に留まる率が高い。この時期、雨は天敵である。茎から離れた葉藍を竹ぼうきで平均にならしながら掃き広げてさらに乾燥させる。
これら一連の作業を藍粉成しという。藍粉成しされた葉藍は、9月中旬まで保管され、大安の非を選んで寝せ込みが始まる。ここからがスクモ作りの正念場で藍師のノウハウが問われる。
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スクモ造 水打ちも藍師のノウハウ スクモ・藍草・藍の種
スクモの製造は、1床葉藍を500貫から800貫を単位とし、これを寝床に入れ1bほどの高さに堆積し、灌水と切り返しを通常15回〜20回、5〜7日毎に繰り返し醗酵させる。これを寝せ込みという。藍師たちは、この間(約3ヵ月)醗酵の状態を睨みながらまるで我が子を育てるようにこの生き物に神経をとがらせるのだ。やがて暗褐色の固形物となりスクモができあがる。今はスクモを完成品としているが、かつては、品質管理、保存、運搬などの点からスクモをさらに臼で突き固め、藍砂を混ぜ球形にした。明治以降は箱型となったが、これを藍玉という。

  
阿波藍の伝統を残そう。残すためには発展させなければならない、しかも絹の上に。県の無形文化財であった故古庄理一郎さんの考えである。先述したように徳島は藍そのものの産地である。当時の理一郎さんはこう語った。「正藍染をやろうとしたきっかけは、県外には素晴らしい染め師がたくさんおられるが、徳島県には原料産地でありながら、そういった人が出てこないのがはがゆくって」と。そして、天然藍100%の注込(つぎこみ)染法を開発、見事絹に藍を躍らせている。と同時に、浸染用のステンレス製醗酵浴も開発し、藍の良さを消費者に知らしめるべく、全国行脚も繰り返している。そんな思いは、現在の古庄染工場がしっかりと受け継いでいる。