日本の色・江戸紫

「また〜くぐれ」、歌舞伎ファンならご存知のこのセリフ。そう、歌舞伎十八番の中のひとつ「助六由縁江戸桜」の市川団十郎家の助六が切る大見得だ。
黒羽二重の小袖に紅絹(もみ)の裏地、ふんどしがこれまた紅色と、目を見張るド派手な格好で、蛇の目傘片手に花道から颯爽と登場する助六。ド派手な助六が頭に病鉢巻を巻いているのもご存知のことと思う。青みがかった紫の鉢巻、これを江戸紫と言わしめたのがこの助六なのだ。
病鉢巻は文字通り病人が巻くもので、紫草(ムラサキ科ムラサキ属の多年草)の根には解熱、解毒の生薬としての薬効があり、これで染めた鉢巻を額に巻くことで病状を和らげられると考えられていた。時代劇の1場面で、病にふせる殿様が巻いているのを見た人もあろうかと思うが、結び目は左側にあったはずだ。
元気な助六の病鉢巻の結び目は、上の絵でも分かるように右で結ばれている。これは、歌舞伎界の決めごとにあり、左にあるときは病人を、右にあるときは健康でしかもパワフルさを表すこととなっている。ケンカが強くって男っぷりのいい助六の舞台でのいでたちは、江戸の男衆の間で、粋なフアッションとして流行していった。
紫色は聖徳太子が定めた冠位十二階で最高位の色とされるなど、古くから高貴を表し、憧れの色でもあった。助六が締める鉢巻の色が、派手好みの江戸っ子の心をとらえ、定着し、江戸の色となっていったのは、全盛の花魁(おいらん)・揚巻をとりこにした日本一のいい男、助六を持つ芝居が、大当たりしたことにも一因があったはずだ。
もともと「江戸紫」は、江戸時代、江戸で流行していた京都の紫染を、ある僧侶が収穫した紫草の根を用いて江戸の地で染めたことに因を持っている色だとされている。
蛇足ながら、江戸の町人に愛された粋な色は、江戸時代には武蔵野地方特産の紫草の根を、井の頭の湧き水を源とする神田川の水で染めたという。