きもの風土記

工芸織物といえば、大方は綿や麻といった植物素材が多く、例え絹であってもかつての庶民の生活に密着して織られてきたものが殆どだ。芭蕉布藤布、科(シナ)や楮(コウゾ)、葛(クズ)などを素材に生産される古代布とも原始布とも呼ばれる織物がそれだが、絹製品であっても使い古された魚網を使って織られる網織=ひげ紬(滋賀県)なども工芸品に入るだろうし、従来の小幅織物産地の生産統計には決して出てこないのもこういった織物だ。
殆どの工芸織物が国の重要無形文化財や県の無形文化財に指定されているが、今後、作り手の高齢化も進むし、後継者の育成には時間がかかる。一方、生産反数からみても商業ベースには乗りにくく、いつの日か消えていく存在なのかもしれない。そんな織物を紹介しておこう。
 アイヌの古代布
芭蕉布や藤布、古代布はクリックしてもらえればその頁に飛ぶが、北海道はアイヌ村にも古代布がある。それはオヒョウから手積みの糸を紡いで素材としている。殆どが帯として織られ、染料は藍だ。(写真はオヒョウの葉)
オヒョウは、北海道、本州、四国、九州に分布し、山地の少し奥まった谷沿いなどに見られる、ニレ科ニレ属の落葉高木。幹はまっすぐのびて、高さは15bから20bほどになり、
きもの風土記 樹皮は灰褐色をしており、縦に浅めの裂け目が見られる。この樹皮の繊維は、非常に丈夫なものだそうで、アイヌの人たちは、古来この樹皮を布を織るのに用いていた。オヒョウという名前、植物の名前とは思えないような、とっても変わった名前だが、この「オヒョウ」とういのは、アイヌ語でこの樹皮などの呼び方、「オピョウ」からきているのだそうだ。(生産数は帯20反)

 漁師の街の銚子ちぢみ
漁業の街銚子。そこに生まれた伝統織物「銚子ちぢみ」は縞や格子縞が中心だ。その発祥は定かではないが江戸時代、猟師の女房たちが、生計の一助にはじめたのが起源といわれている。その内職も江戸時代後期には、産業として生長していった。しかし、大正時代を境に生産は途絶え、戦後になって、常世田真次郎が復活を心がけ、苦心の末、銚子ちぢみを再興させている。
木綿糸を素材とする銚子ちぢみの特徴は、普通の何倍もの撚りをかけた左撚りと右撚りの2種類の緯糸を交互に通して織り込まれるところにある。織り上がった生地を湯に浸けて揉むと、撚りが戻る時にお互いに反発する弾力で生地に細かな凹凸ができる。この工程をシボ出しと呼ぶが、こういった技法が何回洗っても縮まない、独特な肌触りの丈夫な織物を産み出した。
実物は、銚子市にある「銚子ちぢみ伝統工芸館」で見ることができる。(生産数は少々)
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 オランダからの唐桟織
千葉県は館山市の長須賀で織り出される「唐桟織」。この織物は、江戸時代初頭にポルトガル人の手によってわが国に伝えられた技術とされており、絹糸のように細かく紡いだ木綿糸から生み出される縞模様が、徳川家光の目に止まり、江戸を中心に流行していった。そんな織物を明治のはじめに、蔵前(東京)に設けられた授産所で斉藤茂助なる人物が興味を持ち伝習し、館山へと持ち帰った。以後、同家だけに代々受継されてきた技術、それは今斉藤光司さんただ1人の手に託されている。
唐桟織の最大の特徴は渋みのある縞柄にあるが、特徴を最大限引き出すために、斉藤家に伝わる秘伝が駆使されているのは言うまでもない。アイ、ヤマモモ、ビンロージュなどの植物染料を用いるのだが、染料作りから、糸染め、整経、織りにいたるまでの全工程の殆どを1人で行う。「う〜ん」とうなるのは、独特の色を出すため原液を口に含み、味覚によって染料を配合するというのだ。まさに秘伝の秘といえよう。その他、織り方や砧打ちで独特の艶やかな光沢としなやかさを作り出している。(生産数は着尺300反)
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 魚網を使った網織り
希少性といえば周知の越後上布(生産数90反)や本場結城紬(3900反)、黄八丈(600反)なども入るであろうが、滋賀県は長浜で織られている湖国ならではの織物、網織り(ひげ紬)も紹介しておこう。
昔は魚網も絹で作られていた。猟師は漆を塗り網の補強に勤めるが、岩場などでの過酷な漁に漆がはげ、やがて魚網としての用を成さなくなる。高価な絹をこのまま捨てるわけにはいかない。ということで、使い古された魚網を切って作り出した一本の糸を経糸にし、織り込んでいく。
きもの風土記
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湖国という土地柄から生まれたこの織物は、生え出たような茶色の糸のひげが野趣にあふれている。
現在では、当然のことながら古い魚網などは無い。が、普通の糸をひげにして白生地に織り込まれて生産されているが、これはこれで趣をかもし出している。
希少和布をいくつか紹介してきたが、昔あったものを蘇らせ、オリジナル性を加え、新たに生産されているものもあり、それはそれできもの通にたいそうな人気だ。