屋久島に染めの歴史はない。当然のことながら屋久杉染は屋久島のものではなく、京都は西陣で開発されたものだ。
また、染めるだけなら火星の石でも染めることはできる。問題は素材の個性を十二分に発揮さすことができるか否かだ。ということは冒頭に述べたとおりである。
おりしも「地球に優しく」が合言葉になっている21世紀。染材として話題性はあっても染めとしてはひとつの形態にすぎないのだが・・・。

  
屋久島の自然に、古代以前から生存している屋久杉に、心の底から魅せられた男がいた。西陣に居をかまえる帯作家だが、そのきっかけは、杉板襖に出会った時だという。もともと遊び心を持ち、帯作家なのに炭素繊維を素材に健康マット、織り糸に銅を巻いての電磁波シートなど、ユニークな作品を洞察の中で商品化してきた中で、この襖絵を「なんとか帯に再現できないものか」、そんな気持ちにかられたそうだ。早速北山杉で試作を試みる。しかし、思うようにはいかなかった。白すぎる、イメージにはほど遠い、木肌を染めてみるがいかにも人工的で親しみがない。諦めが脳裏をよぎっていた。
そんな時、偶然にも屋久島を訪れる機会を持った。その目に思わぬ光景が飛び込んでくる。固有名詞を持った屋久杉、そう、紀元杉や大王杉、縄文杉といった長老木の勇壮で高貴な姿であった。そこに太古のロマンを見いだすと同時に別の思いもかみしめながら「探し求めていたのはこれだ」、再び制作意欲にメラメラと火がつく。
「襖絵を絹の上に再現することができる」。早速北山杉での経験を活かし、屋久杉を0.3_の板状にスライスし、杉板襖絵を、帯に織り込むことによって見事再現してみせた。

きもの風土記 きもの風土記 きもの風土記
医王寺(栃木県)の杉板襖絵  屋久杉染

  
古木に出あって持った別の思いとは・・。
「この木の持つ大自然を別の形で蘇らせ、永久に残せないだろうか」という思いだった。そして考えはじめる。
生命を持つ、しかも自然遺産に登録されている島の木を伐採するわけにはいかない。朽ち果てた土埋木や枯れ木を集め、それをチップやカンナクズにし、釜で炊き煮汁を抽出する。試行錯誤のはじまりだ。時間、炊き出し加減、煮汁の濃度を変えてみる、添加する染料の増減、延々と同じ作業が繰り返される。文字での表現は簡単だが、この間、3年という月日を費やしている。
時間の経過と共に、先染めのほうが色に深みの出ることや、経てと緯糸を別々に染めると、一段と面白いものができるなど、試行錯誤の成果が出始める。
やがて屋久杉の樹精は、深さ、優しさ、わび、さびなどのこだわりの彩色となって、その高貴さと共にを絹の上に息づいていく。屋久杉染の完成だ。

きもの風土記 きもの風土記 きもの風土記
屋久杉の表皮 表皮と幹とのミックスチップ 煮汁


21世紀は自然がテーマ。7000年も生き続けている屋久島の縄文杉は、その象徴だ。古木の歴史と自然のぬくもりを十二分に味わえる作品に仕上がっている。このきものを着ると、数千年は生きるという屋久杉の生命力とエネルギーを貰えるような気がする。
次は、タスマニアの聖なる巨樹、ヒューマンオンパインに挑戦を・・・。