優佳良織、以前はユーカラ織と呼ばれていた(1980年の新工芸館開館を記念に優佳良織と改名、これは版画家の棟方志功の命名による)。
ユーカリ、この木は私の中では何故か北海道の木として認知されている。そのせいか、優佳良織の素材は、ユーカリの木の表皮、すなわち植物繊維としてとらえていた。無論のことまだ実物にはお目にかかっていない時のことだが。否。優佳良織の素材は緬羊、そう、ウールであった。私としたことが・・・。

日本の各地には、その土地土地の染織工芸が数多くある。そしてそのおおかたが衣料をベースとして永年の伝統を築きあげてきた。
優佳良織も北の大地でいかにも伝統あるかのような顔している。が、そうではない。北海道にもアイヌを中心とした文化遺産はある。が、全く異質のものだ。この織物は、旭川に生まれ、東京代々木実践高女を卒業した木内綾さんの手によって生まれたものだ。旭川に戻った木内さん、10年くらいは趣味の手織りを楽しんでいた。そんなある日、北海道立工業試験場から「北海道というところは伝統工芸の育たないところ。なんとか、伝統工芸的な織物を作ってくれないか」と依頼を受ける。「趣味の域を出れば責任が発生する」、木内さんは悩みに悩む。「各地には伝統ある染織工芸が存する。しかし、北海道にはそれがない。何をコンセプトにおけばいいのだろうか」と。「たどるべき道も(一般論としての染織技術はあるが)その先にも道はない。さすれば・・・。そうだ北海道の自然を織ろう。北海道の風土とフォークロアだ。しかも油絵のごとく」と結論づける。やがて、織りの試作と研究に没頭していく。1960年のことであった。このようなことがきっかけとなり優佳良織が誕生していくのだが、1962年には優佳良織工房を発足させ軌道に乗せている。が、その歴史は40年余しかない。
   
きもの風土記 きもの風土記 きもの風土記
アイヌのアツシ織 優佳良織工芸館エントランス 織機

優佳良織の特徴は「北海道を織る」ということ。素材は緬洋であることは先ほど述べたが、さらなる特徴は色の多彩さだ。1つの作品に200から300色の色が織り込まれる。染織工芸は、ある色を選び出して経糸と緯糸で1つの世界を織りなすが、優佳良織(写真=織機)は、多彩な色を選びだし、その調和と色と色との重なりあいに美を求めており、さながら油絵の如しだ。
織物は経糸と緯糸が直角に交わる。ということは曲線を描くのは至難の技である。しかし、「すくい、杉綾、浮き柄、平、綴れ」などのあらゆる織の技術を駆使して、複雑な紋様を見事に表現している。各地の織物が衣を目的にしているのに対して、優佳良織はまさに芸術品である。木内綾は言う。「伝統の恩恵がないことは、逆に伝統に束縛されないという恩恵をこうむっている」と。